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「作品」としてのゲーム。「サービス」としてのゲーム。

ゲーム

小学校入学前からファミコンにどっぷり浸かっていた私にとって、ゲームソフトは一つ一つが「作品」という感覚でした。

ゲームクリエイターの方々が精魂込めて作り上げた「作品」。

しかし最近では、ゲームは「作品」というよりも、「サービス」として創り出されるケースが増えているようです。

 

 

少し前になりますが、日経新聞にセガの鶴見社長のインタビュー記事が掲載されていました。

『収益の柱だった家庭用ゲームは2008年のリーマン・ショック以降振るわなくなったが、スマホゲームの台頭でさらに厳しくなっている。(中略)新たなビジネスモデルの構築が急務だ。』

アーケードゲームや家庭用ゲームは発売前に開発がすべて完了する。これに対して成長しているスマホゲームはネット経由で提供しており、ユーザーが何を楽しみ、何をつまらなく感じているかがわかる。このため発売してからゲーム内容を更新していくのが普通だ。同じゲームでも開発スタイルが全く異なる。』

『今後はユーザー管理を徹底しネットを通じてニーズを的確に把握し、開発者の独りよがりにならない開発体制にする。』

(2013年10月13日 日本経済新聞) 

ゲーム開発会社の置かれている状況が、端的に述べられています。

アーケードゲームや家庭用ゲームは、「作品」として完成してから発売する。完成しているから、消費者の反応を見ながら中身を微調整するなんてことはないし、そもそもオフラインであれば、ユーザーが何を楽しみ、何をつまらなく感じているかがわからない。

これに対し、スマホゲームはユーザーがどのくらい遊んでいるか、どんなアイテムを買っているか、全てわかる。ユーザーの反応を見ながら、より面白く、より課金アイテムを買ってもらえるように調整していくことができる。

 

ビジネスとして、どちらがリスクが少ないか。素人の私でもわかります。

しかも家庭用ゲームの開発費はとんでもなく高騰しているので、発売後に改良できない「作品としてのゲーム」は気軽には生み出せなくなった、という事情もあるのでしょう。

 

◆サービスとしてのゲーム 

スマホゲームやMMORPGは、その多くが製作者サイドに「運営」されています。期間限定のキャンペーンや、追加イベントが実施され、「いかにユーザーに気持ちよく遊んでもらえるか(そしていかにして課金アイテムを多く買ってもらうか)」に主眼を置いて、日々調整が行われている。

スマホゲームは、そういった意味で、リゾートホテルやテーマパークのような「サービス」に近い形態だと思います。

 

「サービスとしてのゲーム」では、ユーザーの行動は全て数字で把握できるそうです。

DAU(デイリーアクティブユーザー)、ARPU(1人当り平均売上)といった、生々しい数字を日々算出し、分析し、収益を最大化する。

ビジネスとして極めて合理的だと思いますし、スマホゲーム「パズル&ドラゴンズ」、PS3の「機動戦士ガンダム バトルオペレーション」のように成功例は枚挙に暇がありません。

あの「ドラゴンクエスト」のシリーズ最新作ですら、MMORPGとして提供される時代です。

「作品としてのゲーム」から「サービスとしてのゲーム」という流れは、今後ますます強まっていくのでしょう。

 

 

◆最後に。

個人的な思いとしては、「作品としてのゲーム」にも巻き返してほしいと思っています。

ビジネス的には、これからますます厳しくなっていくのは間違いありません。おそらく家庭用ハードでは、続編もの以外のチャレンジは難しいでしょう。

しかし、映画や小説もそうですが、「世に出したら取り返しがつかない」からこそ、製作過程で込められるクリエイターの執念、魂は途轍もないものがあると思います。

ギリギリまでチューニングされたゲームバランス。

オプション商品ではなく、あくまで「ご褒美」としてのボーナスステージ。やりこみ要素。

任天堂の「バーチャルコンソール」やソニーの「PlayStation Store」で、過去のゲーム作品がネット配信されていますが、今遊んでみても「名作は、やはり名作だなあ」と感慨にふけってしまいます。

運営されているお祭りではなく、一個の完成された作品だからこそ、十年後もそのまま遊ぶことができる。

ユーザーの反応を伺いながら内容を改善するゲームは、確かに親切で遊びやすいものだと思いますが、その一方で「これが俺たちの考える最高のゲームだ!」という開発者の価値観を世に問うようなゲームも、もっとあっていいと思います。

 

新境地を切り開くような独創的・画期的なゲームは、消費者の反応からではなく、クリエイターの強烈な個性、それこそ傍からみたら「独りよがり」にしか見えないようなブッ飛んだ感性からしか生まれないと思うのです。