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シミュレーションゲームの題材

前回のエントリーでは、「デジタルゲームのほとんどはシミュレーションゲーム」という考え方について書いた。

楽しいことを疑似体験するゲーム=シミュレーションゲームと考え、以下のような概念図を用いて考察を試みた。

 

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 今回はこの概念図のうち、「何を疑似体験するのか」というゲームの題材選びの視点について、いくつか掘り下げて考えてみたいと思う。

 

1.「現実の世界では体験できないこと」を題材にする

疑似体験の対象は「楽しいこと、面白いこと、ワクワクすること」が望ましく、かつそれらが「現実の世界ではなかなか体験できないもの」であればなお良い、ということを前回のエントリーで述べた。

現実世界で簡単に体験できるのであれば、わざわざゲーム上で再体験する意味が薄れるからである。(ジャンケンやけん玉、積み木遊びをゲームにしても売れないだろう) 

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では「現実では体験できないこと」には、具体的にどういったケースが考えられるだろうか。

 

◇現実の世界ではなかなか体験できないことの分類

1:お金がかかりすぎるので体験できない

    ・・・競走馬育成、スカイダイビング、カーレースなど

2:才能の欠如により体験できない

    ・・・プロスポーツ、会社経営、異性にモテモテの体験など

3:過ぎ去った過去の出来事なので、今さら体験できない

    ・・・大航海時代、戦国時代、近代の戦争など

4:危険すぎて体験できない

    ・・・戦場での撃ち合い、猛獣の狩りなど

5:人間以外の生物の行動は体験できない

    ・・・動物の生活、昆虫の生活など

6:架空の世界の話なので、実際には体験できない

    ・・・ファンタジー世界やSF世界での冒険など

7:神さまの仕事なので体験できない

    ・・・惑星の創造、他の神との戦争など

8:犯罪行為、または公序良俗に反する行為のため、体験できない

    ・・・殴り合い、銀行強盗、テロ活動など

 

思いつくまま列挙してみたが、ほとんどが既にゲーム化されている。

逆に考えると、片っ端からゲーム化されるくらい「現実世界で体験できないことのシミュレーション」にはニーズがあるということかもしれない。

このアプローチでもっと掘り下げていき、新しいゲームの種を見つけることができないだろうか。

 

例えば、「1:大金持ちしか体験できないこと」だが、ゲーム化されていない成金趣味はもうないだろうか。

私は金持ちではないので想像もつかないが、富豪の生活を観察すると何かヒントが得られるかもしれない。

「2:才能」、「3:過去の出来事」、「4:危険な行為」の分野は、既にかなりゲーム化されているように思える。

逆に「6:架空の世界」、「7:神の仕業」は人間の想像力によるものなので、今後も可能性は無限に広がっているのではないだろうか。

 

問題は「8:犯罪行為」である。

現実の世界で他人を殴ったり傷つけたりすれば即逮捕だが、だからこそ、そういった題材のゲームは多い。

プレイヤー側が正義であり、戦う相手が悪という設定になっていれば、ある程度は社会的に受け入れられているのが現状である。

銀行強盗に挑戦するゲームが流行ったら、非難が殺到するだろう。しかし架空の世界を舞台にして、悪の組織の金庫を狙うゲームなら問題にならないかもしれない。

(驚くべきことに、海外では銀行強盗にチャレンジするゲームが普通に販売されている)

嫌なアプローチだが、ゲームデザインの手法如何では、斬新なゲームが生まれる可能性の高い分野だと思う。

 

 

2.「管理職」を題材にするとどうなるか

デジタルゲームは、一般的に「最も華々しい人」にスポットライトをあて、その主人公気分を味わうものが多い。

ファンタジー世界の冒険ものなら、プレイヤーが操作するのは「勇者」であり、戦闘機ゲームなら「パイロット」とするのが王道である。

では、そのスポットライトを少しずらして、華々しくない人、例えばその管理職にライトをあてるとどうなるだろうか。 

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普通、ダンジョンを探検するのはプレイヤー自身である。しかし、自分は直接出陣せずに、勇者に指示を出してダンジョンに送り出すゲームもある。

iPhone向けゲーム「ゆけ!勇者」である。

ゆけ!勇者

ゆけ!勇者

  • xHachiApps
  • 無料

 このゲームでは、勇者を送り出した後、プレイヤーはその探検に関与できない。数時間、冒険の成り行きを見守るだけである。

そんなゲームのどこが面白いのか、と思われるかもしれないが、ダンジョンの特徴に合わせた適切な武具・アイテムの選択(指示の巧拙)、ミッション中に関与できないからこそのハラハラ感(第三者的視点からの応援)、送り出した勇者が成果をあげて無事帰還したときの安堵感(指示者としての達成感)などが、このゲームの提供する「楽しさ」だと考えている。

いわば、「勇者の上司」を疑似体験するゲームとなっている。

 

昔「ネオアトラス2」という大航海時代を題材にしたゲームがあった。

プレイヤー自身は航海に出ず、提督を雇って未開拓地域を探索させ、その報告を信じるか否かによって世界地図を作っていく、という大変斬新なゲームだった。

このゲームでも、プレイヤーは冒険者ではなくその雇い主という設定になっており、中世をテーマにした他のゲームとは一味違った体験をプレイヤーに提供している。

 

一般的な戦闘機ゲームの場合、プレイヤーはパイロットになって戦地に出撃する。

しかし、スポットライトをパイロットではなく、管理職に当てたとしたら、どんなゲームになるだろうか。

無人のロボット戦闘機にあらかじめ行動をプログラムして敵国に送り出し、戦果を競うゲームになるかもしれない。

同じようなゲームデザインで、例えば惑星探査機を開発し、表面の石を持ち帰るミッションをこなすゲームが作れるかもしれない。

 

上記のように、疑似体験の対象として「管理職」にスポットライトを当てると、これまでとは違った体験をプレイヤーに提供することができる。

そして、お気づきの方も多いかもしれないが、この管理職ゲームは、いわゆる「放置型ゲーム」と非常に相性がいい。

事前に作戦を立て、指示を出し、あとは部下がうまく結果を出すことを祈るだけ、というゲームデザインは、空いている時間にいくつかコマンド入力して放置する、という放置型ゲームにピッタリである。

(放置型ゲームは「事前の戦略」「運」「リアルタイム判断」の3要素のうち、「リアルタイム判断」要素をなくしたものである、と昔のエントリーに書いた)

そして放置型ゲームは、空いている時間に指示を出すだけなので、スマホゲームと相性がいい。

 疑似体験する対象を管理職にした場合、放置型ゲームやスマホゲームと相性の良いデザインが生まれやすいと私は考えている。

 

 

3.「既存のゲーム」を題材にするとどうなるか

シミュレーションゲームの題材は、何か楽しい体験、ワクワクする体験が一般的であることはすでに述べた。

ではその楽しい体験として、「既存のゲーム」をあてるとどうなるだろうか。 

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 例)

楽しいこと、面白いこと・・・ゲームで遊ぶこと

どんなゲームを作るのか・・・◯◯◯(既存のゲーム)みたいなゲーム (ゲームで遊んだときの楽しさを再現するゲーム)

 

笑い話に聞こえるかもしれない。

しかし実際、何かヒット作が出ると雨後の筍のごとく「模造品」が生まれてくるのは、割と良くあるケースだと思う。

ある流行っているものがあったら、同じようなものを作りまくるべきだ」と堂々と主張するゲーム業界関係者もいたと聞く。

 

誤解のないよう述べておくが、既存のゲームに似ているものは全てが駄目だと言っているわけではない。

既存の作品から一切影響を受けていないゲームというのは現実的にありえないし、一見似ていたとしてもゲームシステムに斬新な改変を加え、全く異なる体験をプレイヤーに提供するゲームも数多い。(このあたりは概念図の視点2「どのように疑似体験するか」として前回のエントリーで述べた。)

ここで言いたいのは、ゲームを生み出す際、そのゲームのコンセプトは何か、独自の魅力は何かという根源的な部分に「既存のゲーム」を据えてしまうと、オリジナリティの面で最初から大きなビハインドを負ってしまうということである。

シリーズものの作品であれば、世界観を大きく変える必要がないため、参照すべき「ワクワクする体験」は前作であっても支障はない。

しかし「シミュレーションゲーム=楽しいことを手軽に疑似体験できるもの」という枠組みで考えた場合、その「楽しいこと」は、ゲーム以外の楽しい体験であった方が、プレイヤーにとって新鮮な驚きをもたらす可能性が高いのではないかと思う。

 

メタルギア」シリーズの生みの親である小島秀夫氏は、新人時代、会社の先輩に「仕事の外で学ぶことが創作には大切だ」と教わったことを新聞のコラムで述べている。

その先輩は他人の3倍は集中して働き、定時で退社して映画鑑賞やバンド演奏など、多彩な活動に充てていたとのことであり、小島氏もその教えをもとに、自分の部署において隔週木曜日を「ロンゲストデー」と名付け、定時退社して創作のため自己啓蒙する日と決めているそうである。(日本経済新聞 2012年11月30日)

 

ゲーム=楽しいことの疑似体験という視点から考えたとき、当たり前だが、元となる「楽しい体験」を知らないとゲーム化できない。

 ゲーム以外の楽しさを知っていることこそが、ゲーム創作の際、大きな強みになるのではないだろうか。

 

 

(関連エントリー)シミュレーションゲーム

その1:ゲームにおける「ルールと世界観の比率」

その2:疑似体験としてのゲーム

その3:シミュレーションゲームの題材(本エントリー)