疑似体験としてのゲーム

前回のエントリーで「ルールと世界観の比率」に注目したゲームの分類軸について考えてみた。

今回はその続きとして、世界観・臨場感に重きを置いたゲーム(軸の左側)について、もう少し掘り下げて考えてみようと思う。

 

f:id:souheinaoshima:20130922003727p:plain

 

◆ゲームのほとんどはシミュレーション

テトリスやグンペイなどの一部のゲームを除くと、デジタルゲームのほとんどは、なんらかの世界観(テーマ)を持っている。

 

インベーダーゲームは宇宙からの侵略者がテーマだし、ボンバーマンはプレイヤーの攻撃手段を爆弾・爆風に見立てている。

マリオや魔界村のようなアクションゲームも、ゼビウスR-TYPEのようなシューティングゲームも、そして数多のロールプレイングゲームも、舞台設定があり、世界観があった。

世界観があったからこそ、主人公に感情移入し、キャラクターの挙動に一喜一憂できたのだと思う。

ゲームの舞台はファンタジーやSFだけではない。フライトシミュレーターやレースゲーム、さらには恋愛シミュレーションなど、「現実の世界」のような舞台で、現実ではなかなか体験できないことを楽しむゲームも多種多様だ。

デジタルゲームは、遊びやすいルールに加えて、親しみやすい世界観(テーマ)を持つことで、キャラクターへの感情移入を容易にし、ゲームとしての魅力を高めてきたのだと思う。

 

本エントリーでは、こういった「世界観を満喫するゲーム」について、ゲームデザイナーが作り上げた世界の中で特定の楽しみを疑似体験するという意味で、広義の「シミュレーションゲーム」と考えたい。

 

特定の世界観を疑似体験するゲーム=シミュレーションと捉えると、昨今の家庭用ゲームはほとんどがシミュレーションゲームだと考えることができる。

エースコンバット」は戦闘機パイロットの疑似体験だし、「アーマードコア」はロボットパイロットの疑似体験だ。

スポーツゲームはそのスポーツ(で活躍する選手)の疑似体験。

ロールプレイングゲームはその名のとおり、さまざまな役割に「なりきって」楽しむゲームと言える。

 

シミュレートする対象は、パイロットや勇者といった職業(?)だけにとどまらない。

もっと細分化された要素、例えば「育成」「収集」「交換」といった要素に照準を絞り、その楽しみを核に据えたゲームも多い。

ゲームとしての魅力を高めるため、親しみやすいテーマを付与することで「モンスターの収集・交換」「アイドルの育成」といったゲームが生まれたのだと思う。

(「朝顔の育成」や「瓶ビールのふたの収集」ではゲームとして盛り上がらないだろう)

 

 

シミュレーションゲームの概念図

特定の楽しみを疑似体験するゲーム=シミュレーションゲームと考えた場合、その概念図は次のようになる。

 

f:id:souheinaoshima:20130922004305p:plain

 

主に2つの要素から成っており、1つは「何を疑似体験するゲームか」、もう1つは「どのように疑似体験するゲームか」である。

前者は料理の食材を何にするか、後者は調理法をどうするか、という視点とも言える。

 

 

◆視点1:何を疑似体験するのか

そのゲームは何を疑似体験するゲームか。言い換えれば、そのゲームの一番のセールスポイントとなる体験は何か、という視点である。

世界を救う勇者を疑似体験するのか。

市長のまちづくりを疑似体験するのか。

神や悪魔の圧倒的パワーを疑似体験するのか。

ゲームの売りは感動か。爽快感か。知的興奮か。それとも相手を叩きのめしてスカッとすることか。

その主題があまり前例のないものであれば、それだけで「斬新なゲーム」と言われるかもしれない。

逆に「勇者を疑似体験する」といったありふれた主題のゲームの場合、魅力的なシナリオやキャラクター、美麗なグラフィックなどで他のゲームとの差別化を図る必要がある。

 

疑似体験の対象としては、言うまでもないことだが「楽しいことや面白いこと、ワクワクすること」が最もふさわしいし、一般的である。

その楽しい体験が、現実の世界ではなかなか体験できないものであれば、なおよい。

つらいことや苦しいことをわざわざ疑似体験したいという人はいないだろうし(それはゲームではなくて教材だ)、楽しい体験であっても容易に現実世界で体験できるものであれば、わざわざゲーム上で再体験しなくてよいからである。

 

「現実では容易に体験できないことを、手軽に、安価に、安全に疑似体験できる」

これこそがシミュレーションとしてのゲームの最大の魅力だと考えている。

 

 

◆視点2:どのように疑似体験するのか

疑似体験したいと思えるような面白い対象が見つかったとして、それをどのようにゲームの形にしていくか。

これが2つ目の視点である。

 

例えば、悪者にさらわれたヒロインを助けにいく、というストーリーを疑似体験するゲームについて考えてみる。

スーパーマリオブラザーズ」のようにジャンプアクションで助けにいくゲームにするか。

ファイナルファイト」みたいに敵をボコボコにしながら進むゲームにするか。

それとも「ドラゴンクエスト」のようにロールプレイング風にするか。

携帯ゲーム向けに短時間で遊べる仕様にするのか。

WiiやKinect向けに直感的に操作できるゲームを目指すのか。

ゲームの主題が同じでも、ゲーム化の手法如何で全く異なるゲームになるのはお分かりいただけると思う。

 

信長の野望」「三国志」といった歴史ゲームは、ゲームの主題をある程度固定しつつも、ゲーム化する際のシステムをいろいろと変えることで、全く違う体験をプレイヤーに提供することに成功している。

ゴルフの楽しさを疑似体験するゲームでも、「Wii Sports」のゴルフと「みんなのGOLF」ではゲームの狙いが大きく異なってくるだろう。

 

また、いくらシミュレーションゲームといっても、現実の事象全てをゲームに落とし込む必要はない。

楽しい部分だけを疑似体験できればいいのである。

 競走馬育成シミュレーションで飼育員がストライキしたとか、台風や疫病で被害が発生した等はゲームに実装する必要はないだろうし、恋愛シミュレーションで学校の授業を律儀に再現されてはたまらない。

 何をゲーム化し、何をゲームから省くか

このエッセンスの抽出具合が、ゲームデザインを行う上で重要だと思われる。

(特に携帯ゲームやスマホ用ゲーム等、ハードの機能に制限がある場合はなおさらである)

 

 

◆概念図の例

有名なゲームをいくつかシミュレーション概念図に当てはめてみると以下のようになった。 

 

f:id:souheinaoshima:20130922004305p:plain

f:id:souheinaoshima:20130922005240p:plain

 

補足として述べておくと、この概念図は「必ず先に世界観(テーマ)が決まり、ゲーム化の手法は後から決まる」ということを表しているわけではない。

先に「3D空間で敵をバッタバッタ倒して爽快感を味わうゲーム」というコンセプトがあって、あとからそれに適した世界観が付与されるケースも十分にありうることを、念のため申し添えておく。

 

 

◆まとめ:シミュレーションゲームには無限の可能性が

ここまで、特定の楽しみを疑似体験するゲーム=シミュレーションゲームという捉え方、そしてその概念図について考えてきた。

 

概念図にあるように、シミュレーションゲームの源泉は、「楽しいこと、面白いこと、ワクワクすること」である。

人間が「面白い」と思う対象(=食材)がある限り、シミュレーションゲーム(=料理)の可能性も無限に広がっている。

ダンスの楽しさを疑似体験できないか?

楽器を演奏する楽しみを疑似体験できないだろうか?

このあたりの試みはすでに行われているだろう。

 

じゃあ登山の楽しさは?スキューバダイビングは?海外旅行のワクワク感は?

・・・全ての娯楽がゲーム化できるわけではないし、平面のテレビ+コントローラだけでは疑似体験の限界があるかもしれない。

しかしゲーム機の進化は今も続いているし、画期的なデバイスによって疑似体験できる幅が大きく広がる可能性もある。

ヘッドマウントディスプレイ「Oculus Rift」、VRデバイス「Omni」みたいなハードウェアが実用化されれば、ゲームの楽しみ方はさらに多様になるだろう。

 

そして忘れてはならないことは、人間には「魅力的な物語や世界観そのものを創り出す力」が備わっていることだ。

毎年生み出される映画や小説・マンガの量は、目が回るほどである。

小説やマンガにネタ切れがないのと同様、ゲームの食材にもネタ切れはない

 

ゲーム=楽しさのシミュレーションという視点から考えた場合、まだまだ世界には未開の広野が広がっているように思えるのである。