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「レイヤー化する世界」を読んだ感想

佐々木俊尚氏の新著『レイヤー化する世界』を読みました。
「今、世界に何が起きているのか」そして「これから世界はどうなるのか」を、わかりやすくまとめた本。


◆ウチとソト

タイトルを見て勝手にITの本だと思っていましたが、舞台がいきなり中世のヨーロッパに飛んでびっくり。
しかし中世から近代、そして現代と、国家の勃興を丁寧に追っていくことで、現代の国民国家が抱える矛盾点を次々に浮き彫りにしていきます。
ここで用いられる「ウチとソト」という概念が、非常にわかりやすい。
近代の先進国は、大企業の内部(ウチ)、国民国家のウチの結束を固めつつ、その外部(ソト)を利用して成長してきた。つまり「ソト」があることが前提のシステムであった、と著者は指摘します。
常にウチは豊かになり、ソトの富を奪っていく構図であった、と。
ところが現在、テクノロジーの革命によって次第にその構図が壊れ、世界から「ソト」が消えつつある。その結果、先進国と新興国の間の壁が崩れ、ひとつの新しい「場」が形成されつつある、というのが著者の考えです。
先進国が直面する諸問題の「根っこ」が、独自の視点から非常にわかりやすく描き出されています。
国家のあり方や経済など、この本が取り扱っているテーマは幅広く、深掘りしていけば分厚い本が何冊も書けるような論点をいくつも内包していますが、本書は全体を俯瞰し、文章を追っていくだけで全体像がスッと頭に入るような構成になっています。
著者は十代の読者も想定してこの本を書いたのだとか。
大きな流れをつかみたい方には、この上もない良書だと思います。


◆レイヤー化とは

一番印象に残ったのは、タイトルにもある「レイヤー化」という概念。

これからの新しい世界システムでは、ケーキが収まった化粧箱のようなウチとソトを分ける壁ではなく、レイヤーによって上下をスライスして分けていく考え方に変わっていき、レイヤーの考え方は人間社会のありとあらゆる場面に使われていくことになるのです。

レイヤーごとに他者とつながり、そのさまざまなつながりの総体として自分をつくりあげていく

うーむ、たいへんに考えさせられる話です。
ここからは自分の解釈になりますが、趣味、出身地、国籍、嗜好など、自分の属性というか、構成要素みたいなものを意識していくことの重要性を、改めて感じました。
しかし「構成要素」と言ってしまうと、ただの自己分析で終わってしまいます・・・。
そこで、これを「レイヤー」として捉える。
著者のその発想に、思わず唸らされました。
レイヤーという言葉なら無限の広がりを感じますし、レイヤー上の他者とのつながりが自然と意識されます。


このレイヤー化のくだりを読んで、思い出した話があります。
少し前になりますが、日本の妖怪をイラストにして世界に発信する外国人が新聞記事で紹介されていました。米国人イラストレーターのマット・マイヤー氏は、日本の妖怪に興味を持ち、100種類以上の妖怪のイラストを描いて本にしたところ、世界各地から注文が相次いだそうです。「初めて知った世界だ!」と好評を博したそうで。
(2012.8.18付 日本経済新聞 夕刊)


この話を「レイヤー化」の文脈で解釈してみると・・・
レイヤー1:日本の妖怪に興味があり、調べてもいる
レイヤー2:外国人である(異なる文化圏からの視点がある)
レイヤー3:イラストが描ける


それぞれのレイヤーに属している人は、きっと無数にいることでしょう。(レイヤー2なんか日本人以外全て該当)
しかし、3つのレイヤー全てに属し、かつ「本にして出版してみよう!」と思った人となると、相当に絞られます。マット氏は自分が興味をもったことを地道に調べつつ、さらに情報を発信するという行動をとったことで、注目を集める結果になったのだと思います。
著者の主張する「自分をレイヤーの重なりとして捉えること」とは、好奇心や趣味、そして経験を大切にし、自分というサンドイッチを際立たせる独自の「食材」とすることでもあると感じました。


◆誰が誰を支えるのか

最後にひとつ。
本書では、現代の先進国が直面する課題、そしてこれから直面するであろう危機的な状況が、残酷なほど明確に提示されます。
「第三の産業革命は、働き口を増やしません」
「すべての世界がフラットになるまで給料は下がる」
「そしてやってくるロボットの世界」
etc・・・


そんな新しい世界に対応していくためには、本書の指摘どおり、他者としなやかにつながりつつ、テクノロジーを利用して生きていくしたたかな戦略が必要不可欠なのでしょう。
しかしながら、その一方で、誰もがクリエイターになれるわけではない、誰もが風の吹きすさぶ大地で強く生きていけるわけではない、とも感じます。
著者の佐々木氏も「ロボットにできないような知的な仕事のできる人は、限られている(P229)」と、冷静に分析していますし、もう既に働けない若者たちのデモや暴動が、世界中で頻発しています。
社会全体の安定を考えた場合、そういった「普通の人」をどう支えていくのか。
激変緩和策、応急的な受け皿はあるのか。
そして、新しい世界に最適化された社会システムとはどういった形態なのか。


本書の背後には、そういった巨大な命題が、山脈のようにそびえ立っている気がします。