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大人の自由研究

知的生産

 

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この時期、大きな書店に行くと「夏休みの自由研究」コーナーをよく見かけます。

工作の本や、きれいな図鑑、「親子でやってみよう」的な本がズラリ。

 

こういったコーナーを見つけたとき・・・

「自由研究」という文字が目に入ったとき・・・

私は、なんかこう、もやもやするような、チリチリするような、変な気分になります。

焦りや不安、そして昂揚感が混じったような、変な気分。

それは多分、

「今、自分に自由研究が課されたら、果たして何ができるだろうか」

という問いが、無意識のうちに頭をよぎるからだと思います。

 

 

◆なぜ自由研究をするのか

自由研究と聞くと、どうしても「小学生の夏休みの宿題」という印象が強いのですが、現在の学習指導要領には、自由研究のねらいについては、特に記載がないそうです。

まあ、一般的な目的としては、

  • こどもたちの自主性を育む
  • 一人一人が自分の興味関心のあることを追求し、探究心や科学的思考を育てる

なんて理由が当てはまるのでしょう。

 

同じ夏休みの宿題でも、計算ドリルや漢字練習なら、大人が改めてやる必要性は薄いかもしれません。

しかし、この自由研究という活動は、大人にとっても決して無意味ではなく、むしろ社会人にこそ求められる姿勢ではなかろうか、と感じてしまいます。

 

学校を卒業して社会人になれば、もう誰も宿題なんて出してくれません。

しかし、「学校を卒業する」ということが、

 

もうあなたは学ぶべきことは全て学びました。

これ以上勉強も宿題もしなくていいですよ。

ひたすら仕事してくださいね。

 

ということではなく、

 

これから先は学校の先生がいなくても、一人で勉強できるでしょう。

あとは自分のやり方で、自主的にやってくださいね。

 

という意味で捉えるなら、決して自由研究は他人事ではないと思います。

(夏休みの宿題で自由研究が出るのは、まさにそういった姿勢の開発のためかもしれません・・・)

 

 

◆ブロガーこそ自由研究の達人

実際、大人でも熱心に「自由研究」に明け暮れている人たちはたくさんいます。

クリエイティブなビジネスマン、起業家はもちろんですが、実はブロガーの方々も自由研究の達人だったりします。

最近気がついたのですが、

  1. 日頃感じた疑問点や、自分の興味・関心のある事柄を
  2. 独自のやり方で調べたり、実験したりして
  3. 成果物にまとめる

という自由研究の一連の流れは、ブログとの相性がめちゃくちゃいい。

そういったスタンスで書かれた、恐ろしくハイレベルのエントリーが、日本だけでもゴロゴロあります。

「◯◯をやってみた」とか「◯◯についてまとめてみた」とか。

(例えばこういう記事。とっても面白かったです。)

 

上記のブロガーの方々は、ひょっとしたら「自由研究をやっている」という意識はないのかもしれません。

しかしその姿勢は、まさしく研究であり、ハイレベルな知的活動に相違ないと思います。

 

そういった方々の「大人の自由研究」をブログで読むたびに、私は例のチリチリした、焦りと羨望が混じった感情に襲われます・・・。

もっと頑張れよ、俺・・・。

 

 

 

・・・というわけで(?)、自分も一念発起して、かねてから興味のあったアプリ開発の勉強を始めました。

ちらっと参考書読んだだけで心が折れそうになりましたが、ボチボチ続けていきたいです。

いつかこのブログで発表できたらいいなぁ・・・。