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応援という行為 〜応援する側が幸せになる?〜

 

最近読んだ本に、たいへん興味深い記述がありました。

それは、スポーツにはファンが自殺するのを防ぐ力がある、という論説です。

   

「ジャパン」はなぜ負けるのか─経済学が解明するサッカーの不条理

「ジャパン」はなぜ負けるのか─経済学が解明するサッカーの不条理

 

 ヨーロッパでは、例年3月から6月に自殺者が増える傾向にありますが、自国のサッカー代表チームが、ワールドカップや欧州選手権を戦っているときには、自殺者が著しく少なくなっているそうです。

著者が分析した12ヶ国中、10ヶ国で同様の傾向が出ているとのこと。

以下、引用。

 

  • スポーツは多くの人の人生にとって他者との結びつきをもたらす最も重要な存在になっている
  • キーワードは「社会的一体性」である。これこそほとんどすべてのファンが――自殺の可能性がある人もそうでない人も――スポーツイベントから得られるプラスの効果だ。重要なのは勝ち負けではない。敗戦によって多くの人が不幸になり、アパートから飛び降りるというのは事実ではない。
  • 重要なのは勝利ではなく、経験を共有することにある
  • チームのシャツをふだんより頻繁に着たり、バーに集まって試合を見たり、チームのことを話したりする。(中略)人を自殺から救うのは「ひとつになる」ことであり、勝利ではない。

 

何かのスポーツチームのファンになり、応援する。

ファンの人々は自然と集まり、チームのことを話すようになる。

その結果、帰属意識や一体感が生まれ、一部の人を救っている。

・・・という話です。

 

なにか応援の対象があることで、ファンの間に帰属意識が生まれ、プラスの効果が得られる!というのは、たいへん素晴らしいことではないかと思います。

応援される側が嬉しいのは当たり前ですが、「応援する側もハッピーになれる」のなら、みんなで何か応援しようぜ!と考えてしまいます。

誰も不幸にならない、正のスパイラルが発生するわけですから。

 

地元のプロ野球球団を応援しようぜ!と言ってるわけではありません。

応援する対象は、いまやなんでもアリです。

インターネットを使えば、海外のスポーツやマイナーなスポーツを手軽に応援できますし、ファンのコミュニティを見つけるのもかんたんです。

もちろん、「応援の対象」はスポーツに限りません。

芸能人やアイドルのファンクラブは豊富にあります。

小説家の応援サイトもありますし、ゲームのファンサイトもあります。

ディープインパクトの子供を応援するコミュニティもありますし、東急世田谷線のファンサイトもあります。

自分の好きなものを応援するのが、一番楽しいはずです。

 

そして、「一般の人」を応援することも、できるようになりました。

芸能人でも、クリエイターでもない、普通の人。

ブログを読んでて、「この筆者を応援したい!」と思うことが、しばしばあります。

ある人がビジョンやアイデアを提示し、それに賛同した人が「パトロン」となって、資金を少しずつ出資する、いわゆるソーシャルパトロンサービスも次々生まれています。

「フィリピンのセブ島に暮らす貧しい子供たちに健やかな学校生活を」

「陸前高田市の空っぽの図書室を本でいっぱいにしようプロジェクト」

といった素晴らしい提案もあるようです。

 

今後、応援されたい側と応援したい側を、うまくマッチングする技術が進歩していけば、双方がハッピーになる「正のスパイラル」は、ますます大きくなると思います。

応援が、一時的な寄付で終わらないよう、応援される側も情報発信の工夫が求められるかもしれません。

 

「誰も彼もが、何かのファンである」という世の中は、意外とつながりに満ちた温かい世界になるのではないか、と考えています。