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「個人の時代」を加速させる3つの仕組み

 

よく言われますが、現代社会はかつてないほどの可能性が、個人に開かれている社会です。

インターネットによって、個人ができることはどんどん増えている。

「国の時代」「企業の時代」から、「個人の時代」へ。

いいですねー。

人こそが最大の資源である日本にとっても、個人の才能が花開いていくことは、大変いいことです。

今回は、「個人の才能開花を後押しする社会システムってどんなだろう?」ということについて考えてみました。

以下、3点にまとめて、思うところを述べてみます。

 

 

1.才能をすくいあげる仕組み

 

前回のエントリーでも触れました。

いろいろな才能が、埋もれることなく発見され、活躍できる。

そんな仕組みは、とても大切だと思います。

 

才能をすくいあげるシステム、というと「一部の天才だけが勝ち残り、大多数は敗者になる」という残酷な響きがありますね。

プロスポーツの世界ではそういった例が多くなりますが、それが全てではないと思っています。

この仕組みの本質は、「大勢の人がワイワイ楽しみながら競える場」の提供にあると考えています。

野球も、将棋も、マラソンも、絵画も、俳句も、小説も、料理も。

どんな分野でも「それを楽しむ多数の人々」が基盤にあります。

この基盤なしでは、プロも天才もありません。

そういった厚い基盤を、さらに豊かにするような仕掛けができないか。

より多くの人に「生産者」になってもらって、楽しく競えるような場を作れないか。

もしそんな場があれば、才能は自然と浮かび上がってくる。

それが「才能をすくいあげる」仕組みだと思います。

弱肉強食のコロッセオではなく、市民マラソンみたいな楽しい仕組みが、ますます広がればいいなと考えています。

 

 

2.好きなことを伸ばす仕組み

 

好きなことに思いっきり没頭するのは、最高です。

さらに、上達が実感できたり、オリジナルの傑作が作れたりすれば、もっと最高です。

本人の好きなことですので、「上達しなければならない」という決まりはありません。

ただ、もしその人が望むのなら、好きなことをどんどん伸ばすことができる。

そのための仕組みが、急速に整備されています。

 

インターネットによって、過去の叡智に簡単にアクセスできるようになりました。

地球の裏側にいる同志と語り合い、切磋琢磨できるようになりました。

本人が望むなら、テキストも仲間もライバルも、どんどん見つけることができるでしょう。

オンライン上に限らず、オフラインの勉強会や「ブレークスルーキャンプ」のような支援サービスも急速に増加中。

好きなことを伸ばす仕組みは、世界中で猛烈に構築されつつあるのではないでしょうか。

 

 

3.好きなことを見つける仕組み

 

そして本題がこれ。

「好きな事であれば、寝る間も惜しんで続けることができる。そして、ひたすら続けていけば、いつか大きな力になる。」

そこまではみんなわかっています。

エライ人も言っているし、本にもそう書いてあります。

問題は、「じゃあどうすれば、寝る間も惜しいほど好きなことが見つかるのか?」ということです。

これが非常に難しい。

ネットサービスで検索窓に「私の好きなことって何?」と入力して、答えが返ってくるようなものではありません。

それぞれが自分と向き合い、時間をかけて探していくしかない。

社会システムは、せいぜいそのお手伝いくらいしかできないのでしょう。

いかにして、個人が好きなことを見つける手助けをするか。

「個人の時代」到来の鍵は、この仕組みをどう整備するかにかかっていると思います。

 

明確な答えはまだ見つかっていません。

が、私はヒントの一つは「人」にあると考えています。

 

キャプテン翼」の高橋陽一氏は高校時代、美術の田中正弘先生に作品を褒めてもらったことがとても嬉しかったと語っています。

進路で悩んでいたときも、その先生が背中を押してくれたそうです。

 

ノーベル化学賞田中耕一氏は小学校時代、理科の実験の授業で、澤柿教誠先生に「きみはすごい!」とほめられました。

その一言で、田中さんの科学志望が決まったそうです。

ノーベル賞受賞後、帰国した田中さんは自宅より先に澤柿先生のところへ直行、感謝の報告をした)

 

また、探検家の関野吉晴氏は、大学の指導教官だった先生に南米行きを後押ししてもらったそうです。

その先生に「法律や経済は社会に出てから勉強すればよい。勉強より好きなコトを徹底してやれ。」とよく言われたとか。(ちなみに一橋大の法学部の先生です)

 

好きの萌芽が生まれた時、それをつぶさずに、励ましてくれる人がいるかどうか。

親でも先生でも友人でもいい。

好きの可能性の芽をつまず、暖かく見守る価値観。

その浸透が、個人が好きを見つけることの手助けになるのではないか、と考えています。

 

好きなことは小学校で卒業。

いいから塾に行きなさい。

勉強していい大学に入れば、いい企業に入れる。

いい企業に入れば、一生安泰。

それがお前の幸せのためだ。

いいから学校の勉強をしろ。

好きなことを探すのは、退職してからだ。

 

ほとんどギャグに聞こえますが、こういった価値観が支配した時代もありました。

しかも割と最近まで。

まるで「好きなことを見つけさせないシステム」です。

学校の勉強さえしていれば報われた時代では、それでもよかったのかもしれません。

しかし、時代は変わりました。

システムを逆回転させ、「好きなことを見つける」方向に、価値観を変える必要があります。

学校教育を否定するわけではありませんが、「一生を捧げたいほど好きなこと」を見つけることの優先度を、社会全体としてもっと押し上げていくべきだと思います。

 

 

以上、3点に分けて考えを述べてきました。

好きなことをみつける → 没頭して伸ばす → 才能・個性として開花

という流れを、社会全体でバックアップできれば、「個人の時代」にふさわしい、多様な才能が芽を出すのではないでしょうか。

 

 

仕事って、面白がってやってるヤツには、かなわないんだよ  (青島幸男